今回逃げ若の展開は、
「神仏を信じない師直がなぜあのような歌を詠んだのか」という疑問と、
「高家の武具を身につけた尊氏の肖像画問題」を一挙に解決する説となる。
一つずつ見ていく。
①高師直が残した「天くだる あら人神の しるしあれば 世に高き名は あらはれにけり」という歌。
(意味:天から降臨した現人神の御利益のおかげで、私は高名を挙げることが出来ました)
神仏を信仰しない高師直が、石津の戦いの後に何故か残した歌である。
②かつて教科書で「足利尊氏」として教えられた肖像画。その後様々な理由(高の家紋が入った武具を身に付けていることなど)から、「高師直」ではないか、という説があがった。
これら二つの謎を解決する今回の「逃げ若」の展開。
つまり、「師直の格好をした尊氏が戦場に現れ、師直にとって崇拝の対象となるほどの存在感を改めて見せた」ということだ。
そもそも師直が神仏の類を認めないのも無理はない。
師直のそばには、尊氏という神がずっといたのだから。
そんな師直が、この戦いのあと神に感謝を示す歌を詠むのも無理はない。
尊氏という神が師直を救ったのだから。
あら人神と高き名
高師直の歌にある「あら人神」とは、軍船を焼いた神風や、北朝の天皇などを指している……
のではなく、足利尊氏のことだった。
更に「高き名」には、高家がかかっているだけでなく、高氏(たかうじ)もかかっているのではないか。
「高き名」に「高家」に「高氏」。トリプルミーニングということになる。
「師直がなぜこのような歌を詠んだのか」という疑問と、
「高家の武具を身につけた尊氏の肖像画問題」を一挙に解決する説。
史実には沿っているし、漫画の展開としてもアツい。
ちなみに、尊氏は逃げ若の作中で様々な神がかった活躍を見せてきた。
……が、今回のモノローグ踏み潰しはその一線を超えてきたと思う。
モノローグとはつまり、作中人物が手出し出来ない、いわば「神の領域」。
それを容易く踏み潰し、展開を修正できる彼は、まさしく神とも呼べるだろう。
こんなのがそばにいたら、高師直程の合理主義者が神と崇めるのも無理はない。
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