昔話に及ぶコンプライアンスの波

雑記

“表現を規制すべきでない”

世の中の多くを取り締まらない限り、危険描写を子供の目に触れる機会をなくすというのは難しい。

特に現代はネットが普及しており、幼い子供でも検索エンジンや動画サイトに触れるのはもはや当たり前である。
そしてそれらを完全になくすのには膨大な量のチェックと規制が必要となる。

親が出来るだけ目を光らせる…というのもやり方としてはあるだろうが、
例えば友達同士の会話や遊びまで把握できるわけがないし、
子供も興味津々に調べるものである。

また、記事冒頭で触れたとおり“昔話でコンプライアンス面を規制すること”による影響がどの程度生まれるのかもわからない。また、それを確かめる方法も現状では中々ないだろう。
なにせ、そういった昔話だけを見聞きして育った子供がいないことには確認しようがない。

また、昔話を“教育的なもの”として捉えるか、
あるいは“娯楽”として捉えるのか、
その比重によっても話は変わってくる気がする。

さらには“表現を規制するラインはどこに定めるか”という話もある。

規制をするならどこまで規制すべきなのか、あるいは規制すべきでないのか。そもそも規制のやり方はそれで良いのか。

まとめ

と色々触れてきたが、規制派も規制すべきでない派の意見もわかる部分は多い。

私個人の意見としては、記事の冒頭に触れた通り
「危ない要素をなくして解決…というのもやり方の一つだが、“作品は作品”というような観点を本人に伝える」
というのが感想である。

“昔話から学べる大事なことは多くある。と同時に、現実はその限りではない…”ということを認識するのは大事な視点だと考える。

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